HANDBALL STYLE IMPAL

スタッフコラム#3 『知ってほしい!初回』

初めまして!あなたでよかったと言われるように担当の大澤です!
JHLTVをまだ見ていないという方は、見てみてください!
2019年、大学卒業と同時に新しい生活が始まり、上京とともに渡作株式会社に就職して1年半が過ぎました。
これから私はどんなことをしていくのか成長するのか、ワクワクした気持ちと緊張感を持ちつつ、半年の研修を経て9月からMP Impal事業部に配属され、現在も日々沢山のことを学びつつ、更に進化できるように努めています。

ハンドボール経験はなく、体育の授業でしかしたことがなかった私。そのため、ハンドボールの細かな知識はなく、残念ながら経験者の友達も多くない。
そんな状況でMP impal事業部での仕事が始まりました。ユニフォーム作成や大会出店、店舗販売など沢山の経験をさせて頂き、配属されて一年が経ちました。この経験や自分で学んだことからハンドボール未経験の私がウェアについて、ここまでで学んだことや感じたことを含めてを私なりにお届けしたいと思います。どうぞよろしくお願いします!

今回はまず、私という人間がどのように育ったのか、お伝えしようと思います!

◯大澤 菜々とはどんな人物か。

ただいま、23歳の新卒2年目になります。
生まれ育ちは大阪のばりばりの関西人。
※ボケ、ツッコミは得意ではありません。
大学まではやり投げをしていました。
趣味はロードバイク、ランニング 、筋トレ、パン屋巡り です。

◯これまでの歩み ①始まり

産まれてから、少し歩くのも自転車に乗れるのも早かったからか、運動も自転車も小さい頃から大好きでした。
そんなこともあり水泳、キックベース、バドミントンを経て、高校から陸上競技を始めました。中学に陸上競技部がなかったため、念願の陸上競技部への入部だったことを覚えています。箱根駅伝が好きでずっと見ていたこともあり、長距離で駅伝がしたいという気持ちで入部をしました。しかし、私が太っていたことやバドミントンをやっていたこと、顧問の先生がやり投げの凄い先生だったこともあり、投擲パートとしての活動が始まりました。初めは基礎として、短距離パートと一緒に練習に励んでいました。走るペースについていくだけで本当にしんどいこともありましたが、日々仲間と練習するにつれ、練習にもついていくことが出来るようになりました。

◯これまでの歩み ②転機

やり投げを始め、様々な経験をしました。正直なところ、苦い経験ばかりでした。府大会ではいつも4位、7位とギリギリ近畿大会にいけない結果を残すという惜敗っぷり。3年時には”今年はインターハイに行ける!”と自信を持っていたものの、最終投擲で膝の靭帯を切る羽目に…。当時はとても悔しくてたまりませんでした。
しかし、この経験が私をポジティブに物事を考えるようにしてくれるキッカケとなりました。
(このきっかけは話が長くなりそうなので割愛します)
様々な経験やキッカケをくれた、やり投げに出会うことができて本当に良かったと心から思っています。また、ここで出会えていなければ、部活の仲間との関係や大学進学への道は変わっていたと思います。
本当は小さい頃からの夢である、消防や警察の公務員試験を受けるか、体育の教員免許をとるために大学へ進学するか迷っていましたが、靭帯を切り、やり投げを諦めきれず大学でも続けたいという気持ちが芽生え、大学受験を決意しました。

◯これまでの歩み ③現在まで

私は何とか、武庫川女子大学短期大学部へ進学することに。
この2年は充実したものにしよう!という気持ちで授業、部活に励む日々を重ねていました。
そんな日々から、もっと学びたい、この仲間ともっと長く部活がしたい!と思うようになり、仲間と助け合って、無事に四年制大学に編入。
2回生の時にドイツ研修でみたトレーニング科学に興味を持ち、編入後はスポーツ科学のクラスへ入り、ジュニアスポーツやコーディネーショントレーニングを詳しく学びました。就職活動では、このことを活かせる体育教員になりたいという気持ちもありましたが、まずはスポーツに関わる仕事がしたいということから、ご縁があり、今の会社への就職することができました。

◯これから

さて、ハンドボールを授業以外でやったことのなかった私。しかしこの1年半、会社で学んだことで自分が知っていたハンドボール、ウェアのイメージが変わりました。学ばなければ知らなかったこと、知ってから見方が変わったこともあります。こういうことを知ってもらい、よりプレーに貢献できるウェアをご一緒に作っていきたいと思っています。

次回は、「知ってほしい!ユニフォームの選び方!」についてお伝えします!